リスク管理と技術倫理(3)-コンプライアンスと組織倫理とCSR-
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カテゴリ: 解説記事
リスク管理と技術倫理(3)-コンプライアンスと組織倫理とCSR- 中安 文男 _
1.はじめに
どこかに悪の組織があれば、その組織を社会から退場させれば良い。組織の中のどこかに悪を働く構成員がいれば、その構成員を退職させれば良い。しかし、悪と善を分ける境界線は、人によって異なるし、この境界線はすべての人にある。これらすべての人を退職させると組織は崩壊する。リスク管理は、構成員がその境界線を越えないように、組織が社会から退場させられないように管理するためのものである。
必要な事は、組織に共通な境界線を提示することである。これをコンプライアンス(法規則遵守)とし、各人がこれを守ることを技術倫理の第一段階1)とした。仲間がこの境界線を越えないように、相互扶助することを技術倫理の第二段階2)とした。
本稿では、境界線のこちら側(善側)での行為、公衆の福祉向上を行なえばブランドイメージなどの向上につながることを示し、これを技術倫理の第三段階とした。第三段階では、倫理の範囲が広がり、組織の社会的責任(本来OSRとすべきであるが、より一般的なCSRを用いている)と、ほぼ重なり合ってくる。この関係を図1に示す。本稿では企業という言葉も使用するが、営利目的でない組織も含み組織と同義としている。
図1 法と倫理とCSR
2.定量リスクと定性リスク
技術倫理の第三段階に入る前に、組織に生じるリスクを定量リスクと定性リスクに分けて考えてみる。製品シェアの低下、売上高の減少、利益の減少など数値化できるものを定量リスクとし、製品の信頼性喪失、ブランドイメージダウン、組織の信用失墜など数値化困難なものを定性リスクとした。リスク管理を行う時、定量リスクだけではなく、社会からの信頼、公衆の安心などのような定性リスクを扱う必要がある。
2.1 定量リスク評価の限界
株式投資などでは、「ハイリスク、ハイリターン」という言葉が使われる。「大きなリスクを取らなければ、大きな利益は生まれない」という意味である。競馬でいう穴馬を狙えば、当った時の配当が大きいが、当る確率も小さいということになる。
研究開発投資では、ある研究の成功確率とそれによって得られる利益を想定する。単純に言うと、研究成功確率が10%で、成功すれば得られる利益が100億円とすると、利益の期待値が100億円×0.1=10億円となる。この場合、研究開発投資が10億円未満であれば、投資可能である。
いずれにしても、リスクを取る場合、生じるかも知れない損失を自己の処理範囲内に抑える必要がある。簡単に言うと、財産が5000万円の人は、失敗した場合1億円を支払わなければならないようなリスクはとらない方が良いということを意味する。
これらは、すべてのリスクが定量可能な時に成立する議論であるが、次に示すフォード・ピント事件は、定量リスク評価の限界を示す事例である。
2.2 フォード・ピント事件3)
技術倫理上の有名なフォード・ピント事件は、人命をドルに換算するという過ちを犯したとされている。
ピント車は、重量を2,000ポンド以下にし、かつ、価格も2,000ドル以下にするという目標で開発されたフォード社の戦略的小型車であった。これはアイアコッカ(後、フォード社長からクライスラー社長を経てクライスラー社会長)の立案であった。彼は、小型車を短期間で市場に送り込む事とコスト低減を目的に通常43ヶ月を要する開発期間を25ヶ月間とした。
開発の途中で、後方からの衝突事故に対してガソリンタンクが非常に脆弱であるという欠陥がフォード社自身により見出されていたにもかかわらず、欠陥対策に掛かるコストと、事故が発生した場合の賠償とを、費用対効果分析により比較し、賠償を支払う方が安価であると判断しそのまま放置した(この欠陥を、アイアコッカが直接承知していたという証拠はない)。
市販された翌年の1972年に高速道路を走行中のピント車がエンストを起こし、約50km/hで走行していた後続車に追突され、ガソリンタンクに火がつき、運転者が死亡、同乗者が大火傷を負う事故が発生した。この事故で、フォード社は多額の賠償金を支払い、経済的に打撃を受け、加えて同社製品の信頼性や同社の信用も失墜してしまった。
フォード・ピント車を消費者側から見ると、購入した数百万人の人が、低価格という利益を享受したと言えるが、低価格化のために犠牲となった安全性についての説明を受けていなかった。
この事例から学ぶことは多くある。
① コストと安全性はトレードオフの関係でない。トレードオフとは、一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという関係のことであるが、コストを追及して、安全性を犠牲にできないことをトレードオフの関係ではないという。
② 組織に生じる定量化できないリスクについての考慮が必要である。
③ 組織は消費者に対する説明責任を負う。
3.コンプライアンスと組織倫理とCSR
ここまでは、主として、悪をなさないことで公衆の安全を守ることを考えてきた。ここからは、技術倫理の第三段階である「善をなすこと」を考える。図1に見られるように、この段階では、技術倫理とCSRはほぼ重なっている。
3.1 不祥事による株価下落
利害関係者(ステークホルダーもしくはインタレステッドパーティ)には株主が含まれている。企業の社会的責任として、この利害関係者の満足も必要である。2008年2月3日付けの朝日新聞朝刊に「不祥事5日後株価1割安」との記事があった。この記事によると、不正会計や商品表示偽装などの不祥事が起きた上場企業50社の株価が不祥事発表後5日間で平均11%も下落、内4社では35%以上も急落したとある。
年賀はがきの古紙配合率が基準を下回っていたことを2008年1月9日に発表した日本製紙の株価はその後20日間で約20%下落した。この間のTOPIX(株価の平均)の下落率は約5%であるので、日本製紙の20%株価下落は、売上減少の予測に加え、ブランドイメージが大きく悪化したものとの解説であった。
表1 主な企業の株価下落率6)
企業名 不祥事 発表翌日 5日後 30日後
フルキャスト 事業停止命令 26% 52% 42%
I H I 過去の決算不正 24% 20% 39%
三洋電機 過去の決算不正 19% 20% 6%
ニチアス 国家認定不正 16% 55% 56%
加ト吉 不正会計取引 15% 11% 11%
グッドウィル 業務改善勧告 6% 6% 0%
北陸電力 トラブル隠し 2% 0% 9%
不祥事は、定量的な売上減少、利益減少に加え、定性的にはブランドイメージ等が悪化し、相乗効果で株価下落を引き起こし、企業経営そのものも危うくする。
このような不祥事を起こさないためのリスク管理が必要であるが、もし、不祥事が起きたとしても、組織の持続が可能なように、組織の体力増強が必要である。このためには、定量的(金銭など)な内部留保に加え、定性的(ブランドイメージなど)の内部留保が必要なことに日本企業が気付き、社会貢献(境界線のこちら側の行為)により、非常事態に備えつつある。これが組織倫理の確立であり、CSRである。
3.2 企業不祥事が続発する理由
筆者らが日本原子力学会倫理委員CSRタスクチームで検討した「企業不祥事が続発する理由」をまとめると以下のようになる。
① モラル低下(モチベーション低下)、個人主義台頭、帰属意識低下、価値観の変化などによる内部告発の増加。
② 戦後の家庭・学校教育の変化による倫理観欠如の技術者の増加。
③ 組織構成員の変化に対応できず、組織構成員に忠誠のみを期待する古い経営感覚の残存。
④ 米国型管理システムの形だけの導入、効率優先経営、コミュニケーション不足などによるマネジメント機能の低下。
⑤ 社会基準と社内基準の乖離。
⑥ 監視機能劣化、リスク認識不足。
⑦ 技術の断絶。
同様の検討が経産省4)でもなされている。それによると我が国企業のリスク管理の弱点(不祥事の原因)は次のとおりである。
① リスクの識別ができていない。
② 法令遵守を含む行動規範等が確立されていない。
③ 職務権限に関し、範囲が明確でない。
④ 担当者が問題意識を持っている場合でも、通常の報告経路では、それを伝達できず、トップまで伝わらない。
⑤ 事故発生後の対応が明確になっていない。
⑥ 内部監査機能が存在しない。
これらに対応するため、日本の企業は、種々の取り組みを行なっているが、見かけ上、組織倫理の確立とCSRへの取り組みに分かれる。以下にその概要を示す。
① 企業活動を円滑化するための企業統治
② 共通の価値観、存在理由の明確化
③ 組織構成員のモチベーション向上
④ 風通しの良い組織の形成
⑤ 事後処理法の明確化
⑥ 技術の伝承
3.3 組織倫理
原子力に関する倫理研究会5)に、出席された組織のトップマネジメントは「会社が悪いことを行う、個人が悪いことを行うことが会社にとっての最大のリスクである」、「このリスクの低減が組織にとっての最大の課題である。現実にニアミスが起こり、その防止のためにダイレクトラインを設けている」との認識を示した。また、別の組織トップの方は、「組織の不祥事の防止には、行動規範の制定、情報公開が必要である」、「より重要なことは、それを、どう運用するかだ」と言われた。これらのことは、倫理規程、行動規範を作るだけではなく、トップ自らがその運用にかかわる必要があるという事を示している。
組織にとって最大のリスクは社会の信頼を失う事である。社会の信頼を得て、社会に安心を与える取組みを行い、これを組織倫理の確立と考えている5)。
3.4 CSR(企業の社会的責任)
日本原子力学会倫理委員会では、倫理及びCSRについて、賛助会員へのアンケートを3回行った。3回のアンケートの内CSRに関する結果の一部を以下に示す。CSRに関するアンケートは「組織にとってのCSRとは何か」、「組織に何故CSRが必要か」、「組織のCSRに何が含まれるか」であった。例えば「何故CSRが必要か」への回答結果を図2に示すが、回答企業の13%弱が「社会からの信頼」、12%強が「組織の持続・発展」、約9%が「組織構成員への責任」であった。それ以外にも様々な考えがみてとれる。
図2 「何故CSRが必要か」への回答結果
表2は、この3つの質問に対する答えの上位5つを示したものであるが、同種のものを同じ色に塗っている。この表から、日本企業がCSRをどう捉えているかが概括できる。コンプライアンス(法規則遵守)が1位に2回出ている。また、労働安全、組織構成員に対する義務は、「組織にとってのCSRとは何か」で2位と5位に入っており、「組織に何故CSRが必要か」では3位に入ってきている。一般的によく言われている地球環境保全は、2回、4位に顔を出しているがメジャーではないし、児童労働の禁止は出てこない。
表2 CSRに関する質問とその回答
日本の組織が考えているCSRとは、「社会からの信頼を得、組織を持続発展させ、組織構成員に対する責任を果たす」ためには「法規則の遵守、社会的貢献及び倫理」が必要である、と言える。
3.4 日本企業における組織倫理とCSRの関係
表2に見られるように、日本の組織のCSRに含まれているベスト3は「法規則の遵守、社会的貢献、倫理」である。これらについての日本企業のイメージ調査も行なった5)が、その結果「法規則の遵守には社会にマイナスの影響を与えない」、「社会貢献には社会にプラスの影響を与える」というイメージがある。「倫理は、社会にマイナスの影響を与えないということは勿論、プラスの影響も与えるというイメージ」が回答者の70%を超えていた。これらのことから判断すると、日本型CSRは、コンプライアンス及び企業倫理を取り込んでいる。また、逆に日本型企業倫理は、コンプライアンス及びCSRを取り込んでいる、と言える。
この検討結果を含めて、倫理とCSRがほぼ重なっているとの図1の結論を得ている。
4.まとめ
技術者の陥りやすい過ちは、「すべての工学製品はある確率で故障する」として、100万回に1回起こる故障は受け入れてしまうことである。技術者にとって重要なことは、部品が100万回に1回故障しても、その故障が致命的な欠陥に繋がらないような設計を行うことによりリスクを回避することである。
中国ギョーザの問題が、連日マスコミに取り上げられている。2月7日現在の報道では、真相は不明であるが、これが「故意」、又は「過失」によるものだと仮定してみた。関連する従業員10万人の企業で1人(確率:10-5=0.001%)が、故意または過失により、公衆に危害を加えたら、その企業の持続が困難になる。日本型CSRが組織構成員に対する責任を挙げているのは、このことを認識しているからだと解釈している。
前々稿で述べたように、組織の持続・発展という場合の組織の定義が筆者の中で変わりつつある。従来の組織は、自分の属する企業であったり、自分の属する街、村であったりしていた。従来の考えでは、各組織が、自己の持続・発展を続ければ、国が、世界が、持続・発展すると考えていた。最近の地球規模での気候変動、特に、地球温暖化を考えると、全人類が1つの組織ではないかと考えている。筆者の暮らす福井は過去100年で平均気温が1.5℃上昇している。これは、福井県が100年前の和歌山県に引っ越したことになる。次の100年で6℃上昇すると、福井は、和歌山から、次はどこへ引っ越すのだろうと考えてしまう。千葉にいる筆者の孫は、マラリヤの流行する千葉で老後を迎えることになるかも知れない。
以上
参考文献
[1] 中安文男, リスク管理と技術倫理(1), 保全学Vol.6 No.3 (2007)
[2] 中安文男, リスク管理と技術倫理(2), 保全学Vol.6 No.4 (2008)
[3] G. T. Schwartz, The Myth of the Ford Pinto Case, 43 RUTGERS L. REV. 1013 (1991) 他
[4] 「リスク管理・内部統制に関する研究会」報告書、経済産業政策局企業行動課(2004)
[5] 第7回原子力に関する倫理研究会報告書 日本原子力学会倫理委員会(2007)
[6] 朝日新聞 2008年2月3日朝刊
(平成20年2月11日)
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1.はじめに
どこかに悪の組織があれば、その組織を社会から退場させれば良い。組織の中のどこかに悪を働く構成員がいれば、その構成員を退職させれば良い。しかし、悪と善を分ける境界線は、人によって異なるし、この境界線はすべての人にある。これらすべての人を退職させると組織は崩壊する。リスク管理は、構成員がその境界線を越えないように、組織が社会から退場させられないように管理するためのものである。
必要な事は、組織に共通な境界線を提示することである。これをコンプライアンス(法規則遵守)とし、各人がこれを守ることを技術倫理の第一段階1)とした。仲間がこの境界線を越えないように、相互扶助することを技術倫理の第二段階2)とした。
本稿では、境界線のこちら側(善側)での行為、公衆の福祉向上を行なえばブランドイメージなどの向上につながることを示し、これを技術倫理の第三段階とした。第三段階では、倫理の範囲が広がり、組織の社会的責任(本来OSRとすべきであるが、より一般的なCSRを用いている)と、ほぼ重なり合ってくる。この関係を図1に示す。本稿では企業という言葉も使用するが、営利目的でない組織も含み組織と同義としている。
図1 法と倫理とCSR
2.定量リスクと定性リスク
技術倫理の第三段階に入る前に、組織に生じるリスクを定量リスクと定性リスクに分けて考えてみる。製品シェアの低下、売上高の減少、利益の減少など数値化できるものを定量リスクとし、製品の信頼性喪失、ブランドイメージダウン、組織の信用失墜など数値化困難なものを定性リスクとした。リスク管理を行う時、定量リスクだけではなく、社会からの信頼、公衆の安心などのような定性リスクを扱う必要がある。
2.1 定量リスク評価の限界
株式投資などでは、「ハイリスク、ハイリターン」という言葉が使われる。「大きなリスクを取らなければ、大きな利益は生まれない」という意味である。競馬でいう穴馬を狙えば、当った時の配当が大きいが、当る確率も小さいということになる。
研究開発投資では、ある研究の成功確率とそれによって得られる利益を想定する。単純に言うと、研究成功確率が10%で、成功すれば得られる利益が100億円とすると、利益の期待値が100億円×0.1=10億円となる。この場合、研究開発投資が10億円未満であれば、投資可能である。
いずれにしても、リスクを取る場合、生じるかも知れない損失を自己の処理範囲内に抑える必要がある。簡単に言うと、財産が5000万円の人は、失敗した場合1億円を支払わなければならないようなリスクはとらない方が良いということを意味する。
これらは、すべてのリスクが定量可能な時に成立する議論であるが、次に示すフォード・ピント事件は、定量リスク評価の限界を示す事例である。
2.2 フォード・ピント事件3)
技術倫理上の有名なフォード・ピント事件は、人命をドルに換算するという過ちを犯したとされている。
ピント車は、重量を2,000ポンド以下にし、かつ、価格も2,000ドル以下にするという目標で開発されたフォード社の戦略的小型車であった。これはアイアコッカ(後、フォード社長からクライスラー社長を経てクライスラー社会長)の立案であった。彼は、小型車を短期間で市場に送り込む事とコスト低減を目的に通常43ヶ月を要する開発期間を25ヶ月間とした。
開発の途中で、後方からの衝突事故に対してガソリンタンクが非常に脆弱であるという欠陥がフォード社自身により見出されていたにもかかわらず、欠陥対策に掛かるコストと、事故が発生した場合の賠償とを、費用対効果分析により比較し、賠償を支払う方が安価であると判断しそのまま放置した(この欠陥を、アイアコッカが直接承知していたという証拠はない)。
市販された翌年の1972年に高速道路を走行中のピント車がエンストを起こし、約50km/hで走行していた後続車に追突され、ガソリンタンクに火がつき、運転者が死亡、同乗者が大火傷を負う事故が発生した。この事故で、フォード社は多額の賠償金を支払い、経済的に打撃を受け、加えて同社製品の信頼性や同社の信用も失墜してしまった。
フォード・ピント車を消費者側から見ると、購入した数百万人の人が、低価格という利益を享受したと言えるが、低価格化のために犠牲となった安全性についての説明を受けていなかった。
この事例から学ぶことは多くある。
① コストと安全性はトレードオフの関係でない。トレードオフとは、一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという関係のことであるが、コストを追及して、安全性を犠牲にできないことをトレードオフの関係ではないという。
② 組織に生じる定量化できないリスクについての考慮が必要である。
③ 組織は消費者に対する説明責任を負う。
3.コンプライアンスと組織倫理とCSR
ここまでは、主として、悪をなさないことで公衆の安全を守ることを考えてきた。ここからは、技術倫理の第三段階である「善をなすこと」を考える。図1に見られるように、この段階では、技術倫理とCSRはほぼ重なっている。
3.1 不祥事による株価下落
利害関係者(ステークホルダーもしくはインタレステッドパーティ)には株主が含まれている。企業の社会的責任として、この利害関係者の満足も必要である。2008年2月3日付けの朝日新聞朝刊に「不祥事5日後株価1割安」との記事があった。この記事によると、不正会計や商品表示偽装などの不祥事が起きた上場企業50社の株価が不祥事発表後5日間で平均11%も下落、内4社では35%以上も急落したとある。
年賀はがきの古紙配合率が基準を下回っていたことを2008年1月9日に発表した日本製紙の株価はその後20日間で約20%下落した。この間のTOPIX(株価の平均)の下落率は約5%であるので、日本製紙の20%株価下落は、売上減少の予測に加え、ブランドイメージが大きく悪化したものとの解説であった。
表1 主な企業の株価下落率6)
企業名 不祥事 発表翌日 5日後 30日後
フルキャスト 事業停止命令 26% 52% 42%
I H I 過去の決算不正 24% 20% 39%
三洋電機 過去の決算不正 19% 20% 6%
ニチアス 国家認定不正 16% 55% 56%
加ト吉 不正会計取引 15% 11% 11%
グッドウィル 業務改善勧告 6% 6% 0%
北陸電力 トラブル隠し 2% 0% 9%
不祥事は、定量的な売上減少、利益減少に加え、定性的にはブランドイメージ等が悪化し、相乗効果で株価下落を引き起こし、企業経営そのものも危うくする。
このような不祥事を起こさないためのリスク管理が必要であるが、もし、不祥事が起きたとしても、組織の持続が可能なように、組織の体力増強が必要である。このためには、定量的(金銭など)な内部留保に加え、定性的(ブランドイメージなど)の内部留保が必要なことに日本企業が気付き、社会貢献(境界線のこちら側の行為)により、非常事態に備えつつある。これが組織倫理の確立であり、CSRである。
3.2 企業不祥事が続発する理由
筆者らが日本原子力学会倫理委員CSRタスクチームで検討した「企業不祥事が続発する理由」をまとめると以下のようになる。
① モラル低下(モチベーション低下)、個人主義台頭、帰属意識低下、価値観の変化などによる内部告発の増加。
② 戦後の家庭・学校教育の変化による倫理観欠如の技術者の増加。
③ 組織構成員の変化に対応できず、組織構成員に忠誠のみを期待する古い経営感覚の残存。
④ 米国型管理システムの形だけの導入、効率優先経営、コミュニケーション不足などによるマネジメント機能の低下。
⑤ 社会基準と社内基準の乖離。
⑥ 監視機能劣化、リスク認識不足。
⑦ 技術の断絶。
同様の検討が経産省4)でもなされている。それによると我が国企業のリスク管理の弱点(不祥事の原因)は次のとおりである。
① リスクの識別ができていない。
② 法令遵守を含む行動規範等が確立されていない。
③ 職務権限に関し、範囲が明確でない。
④ 担当者が問題意識を持っている場合でも、通常の報告経路では、それを伝達できず、トップまで伝わらない。
⑤ 事故発生後の対応が明確になっていない。
⑥ 内部監査機能が存在しない。
これらに対応するため、日本の企業は、種々の取り組みを行なっているが、見かけ上、組織倫理の確立とCSRへの取り組みに分かれる。以下にその概要を示す。
① 企業活動を円滑化するための企業統治
② 共通の価値観、存在理由の明確化
③ 組織構成員のモチベーション向上
④ 風通しの良い組織の形成
⑤ 事後処理法の明確化
⑥ 技術の伝承
3.3 組織倫理
原子力に関する倫理研究会5)に、出席された組織のトップマネジメントは「会社が悪いことを行う、個人が悪いことを行うことが会社にとっての最大のリスクである」、「このリスクの低減が組織にとっての最大の課題である。現実にニアミスが起こり、その防止のためにダイレクトラインを設けている」との認識を示した。また、別の組織トップの方は、「組織の不祥事の防止には、行動規範の制定、情報公開が必要である」、「より重要なことは、それを、どう運用するかだ」と言われた。これらのことは、倫理規程、行動規範を作るだけではなく、トップ自らがその運用にかかわる必要があるという事を示している。
組織にとって最大のリスクは社会の信頼を失う事である。社会の信頼を得て、社会に安心を与える取組みを行い、これを組織倫理の確立と考えている5)。
3.4 CSR(企業の社会的責任)
日本原子力学会倫理委員会では、倫理及びCSRについて、賛助会員へのアンケートを3回行った。3回のアンケートの内CSRに関する結果の一部を以下に示す。CSRに関するアンケートは「組織にとってのCSRとは何か」、「組織に何故CSRが必要か」、「組織のCSRに何が含まれるか」であった。例えば「何故CSRが必要か」への回答結果を図2に示すが、回答企業の13%弱が「社会からの信頼」、12%強が「組織の持続・発展」、約9%が「組織構成員への責任」であった。それ以外にも様々な考えがみてとれる。
図2 「何故CSRが必要か」への回答結果
表2は、この3つの質問に対する答えの上位5つを示したものであるが、同種のものを同じ色に塗っている。この表から、日本企業がCSRをどう捉えているかが概括できる。コンプライアンス(法規則遵守)が1位に2回出ている。また、労働安全、組織構成員に対する義務は、「組織にとってのCSRとは何か」で2位と5位に入っており、「組織に何故CSRが必要か」では3位に入ってきている。一般的によく言われている地球環境保全は、2回、4位に顔を出しているがメジャーではないし、児童労働の禁止は出てこない。
表2 CSRに関する質問とその回答
日本の組織が考えているCSRとは、「社会からの信頼を得、組織を持続発展させ、組織構成員に対する責任を果たす」ためには「法規則の遵守、社会的貢献及び倫理」が必要である、と言える。
3.4 日本企業における組織倫理とCSRの関係
表2に見られるように、日本の組織のCSRに含まれているベスト3は「法規則の遵守、社会的貢献、倫理」である。これらについての日本企業のイメージ調査も行なった5)が、その結果「法規則の遵守には社会にマイナスの影響を与えない」、「社会貢献には社会にプラスの影響を与える」というイメージがある。「倫理は、社会にマイナスの影響を与えないということは勿論、プラスの影響も与えるというイメージ」が回答者の70%を超えていた。これらのことから判断すると、日本型CSRは、コンプライアンス及び企業倫理を取り込んでいる。また、逆に日本型企業倫理は、コンプライアンス及びCSRを取り込んでいる、と言える。
この検討結果を含めて、倫理とCSRがほぼ重なっているとの図1の結論を得ている。
4.まとめ
技術者の陥りやすい過ちは、「すべての工学製品はある確率で故障する」として、100万回に1回起こる故障は受け入れてしまうことである。技術者にとって重要なことは、部品が100万回に1回故障しても、その故障が致命的な欠陥に繋がらないような設計を行うことによりリスクを回避することである。
中国ギョーザの問題が、連日マスコミに取り上げられている。2月7日現在の報道では、真相は不明であるが、これが「故意」、又は「過失」によるものだと仮定してみた。関連する従業員10万人の企業で1人(確率:10-5=0.001%)が、故意または過失により、公衆に危害を加えたら、その企業の持続が困難になる。日本型CSRが組織構成員に対する責任を挙げているのは、このことを認識しているからだと解釈している。
前々稿で述べたように、組織の持続・発展という場合の組織の定義が筆者の中で変わりつつある。従来の組織は、自分の属する企業であったり、自分の属する街、村であったりしていた。従来の考えでは、各組織が、自己の持続・発展を続ければ、国が、世界が、持続・発展すると考えていた。最近の地球規模での気候変動、特に、地球温暖化を考えると、全人類が1つの組織ではないかと考えている。筆者の暮らす福井は過去100年で平均気温が1.5℃上昇している。これは、福井県が100年前の和歌山県に引っ越したことになる。次の100年で6℃上昇すると、福井は、和歌山から、次はどこへ引っ越すのだろうと考えてしまう。千葉にいる筆者の孫は、マラリヤの流行する千葉で老後を迎えることになるかも知れない。
以上
参考文献
[1] 中安文男, リスク管理と技術倫理(1), 保全学Vol.6 No.3 (2007)
[2] 中安文男, リスク管理と技術倫理(2), 保全学Vol.6 No.4 (2008)
[3] G. T. Schwartz, The Myth of the Ford Pinto Case, 43 RUTGERS L. REV. 1013 (1991) 他
[4] 「リスク管理・内部統制に関する研究会」報告書、経済産業政策局企業行動課(2004)
[5] 第7回原子力に関する倫理研究会報告書 日本原子力学会倫理委員会(2007)
[6] 朝日新聞 2008年2月3日朝刊
(平成20年2月11日)
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